カメムシは秋頃になると家の中に入ってきて異臭を発散させます。現在でも解決ぜず悩みの種になっています。
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一人も殺さず、殺されずに、ロシア軍をウクライナから完全撤退させる方法を紹介します。
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PC 正常性チェックアプリのダウンロード
Windows 10 のサポートが終了しました。サポート終了後も パソコン は使用可能ですが、セキュリティリスクや互換性の問題が生じる可能性があるためとして、マイクロソフトはWindows 11 への移行を推奨しています。
しかし、Windows 11に更新可能なCPUは、Intelは
第8世代Core
(2017年10月発売)AMDは
Ryzen 2000
(2018年3月発売)以降が必要とされております。それ(2017年~2018年)
以前
に購入したパソコンは、無情にもWindows 11にアップグレードできない可能性が高くなっています。
そのため、Windows 11にアップグレードできないという理由で現在稼働中のパソコンを廃棄するとしたら、
全世界で数億台
になるとのことです。
これは、お金の無駄、資源の無題でしょう。
しかし、廃棄したパソコンから、 金・銀といった貴金属や、 コバルトなどの. 希少金属をはじめとする、さまざまな資源の回収は無駄にならないかも知れませんが、これで直接利益を得るのは、パソコンを回収した企業だけです。
このような状況になっているのは、マイクロソフトやパソコンメーカー各社による、新しいパソコンを買わせるための策動としか思えません。
しかし家庭で使うパソコンのために、10万円以上もかけて買い換える必要があるのはゲーム機など極僅かでしょう。また、いくらサポートを謳っていても、Windowsのトラブルや詐欺被害など、いかなる場合でもマイクロソフトは責任をとりません。Windows11でも同じです。自己責任しかないのです。
私は、趣味や仕事等で、Windows 95/98/2000/Me/XP/Vista/7/8/8.1等の化石パソコンを使うこともありますが、全く問題はありません。パソコンはセキュリティ対策をして末永く大切に使いましょう。
それに、マイクロソフトは殿様商売を続けている場合ではないでしょう。今後どんどん、LinuxやChrome OS、アップル社のMacintoshに、OSシェアを奪われていくのも時間の問題と思われます。
OSやカーネルで利益を上げると言うことは、主食のコメで利益を上げるような行為で、非常に性格が悪い企業
です。
私は金儲けが嫌いです。食べていけるだけのお金があれば良いのです。
金儲けは、人間の良心や性格までも破壊してしまうのです。
Windows11
非対応パソコンに表示される画面
今回は、Windows 11 25H2の
『
要件を回避してアップグレード
』する方法をご紹介します。アップグレードをする場合は次の3点が
絶対条件
です。
1.
WindowsなどのOSをインストールした経験があること。
2.
実行する前に、必ずアプリや個人データをバックアップすること。
3.
予期せぬトラブルが発生しても、自力で解決できること。
<留意事項>
■ Windows8の場合は、Windows10にアップグレードしてから作業を進めて 下さい。マイクロソフトの
ライセンス認証済み
であることが条件です。
■ 互換性のないデバイスや付属ソフトは動作しない場合があります。
Windows 11で廃止された機能もいくつかあります。
■ アップグレードには時間がかかります。絶対に途中で停止しないこと。
■ バックアップは、外付けストレージに取るのがおすすめです。
スティックSSDやポータブルSSD・HDDにバックアップを取り、作業前にパソコンから取り外すとデータを安全に保護できます。
1.win11_25h2.zip『
要件回避アップグレード
ツール』をダウンロードし解凍する。パスワードは、筆者の固定電話[
加入者番号4桁
]です。
ダウンロードが完了するまで30分~1時間程度かかります。
アドレスがブロックされてダウンロードが開始できないときは、
ポップアップの許可を選択し完了をクリックする。
ブラウザ右上「アドレスバー」のポップアップアイコンをクリック
2.setup.exe (橙枠)をクリックすると『開いているファイル-セキュリティ警告』画面が表示される。
『実行』を選択すると下図の『Windows11のインストール』画面が表示される。『キャンセル』でインストールを中止。
3.「Windows11のインストール」と表示されたら『セットアップでの更新プログラムのダウンロード方法の変更』をクリックする。<
重要
>
4.「更新プログラム、ドライバー、オプション機能」の入手方法」の表示では『
今は実行しない
』<
最重要
>
5.以下、画面に従い進めて下さい。『同意する』を選択
6.『Windows11Home(エディションによる)をインストール』および『個人用ファイルとアプリを引き継ぐ』を確認し『インストール』を選択。
「Windows11のインストール開始」1時間~2時間かかる。
パソコンによっては更に時間が掛かることがある。
<
最重要
>
絶対に途中で停止しないこと。
もし途中で停止するとWindowsが起動しなくなり、修復するのにそうとうな時間を要する。
7.インストールが完了するとWindows 11の『ログイン画面』が表示される。前バージョンのPINでログイン可能。
8.Windows11の初期設定が順に表示される。画面に従い進める。
9.デスクトップ画面 [スタート]ボタンをクリック(橙枠)
[スタート]→[設定]→[システム]を順次選択。
10.ログインした時点で、[設定]→[システム]→「システム・バージョン情報」
[システム]の一番下。
Windows11 25H2にアップグレードされたかを確認する。
11.「設定」→「Windows Update」をクリックして「更新プログラムをチェック」をクリックし更新して下さい。
Windows11にアップグレードしたが使い勝手が悪い、使用しているアプリが対応していないなどにより、元のWindows10に戻したい場合は、アップグレード後
10日以内
のみ有効になっています。
その手順をご説明します。
私は、これら(Windows11-23H2,24H2,25H2)のツールで今日現在、私自身のパソコン7台と、友人のパソコン4台、親睦会のパソコン1台の計12台アップグレードしましたが、まったく問題なく動作しております。
おわり
2025/11/18 石川栄一
初雪の自宅前
前回、妻が自宅の階段から転落した話をしましたが、実はこれが初めてではないのです。自宅は築48年で木造建築物では相当古い方ですが、世界最古の木造建築の法隆寺、築1300年以上と比べれば、その足下にも及びません。
法隆寺が1300年以上もたった今でも、なぜ腐敗して崩れないかについて調べると、まず法隆寺の柱に使われている木材はヒノキで、代々宮大工が修繕・修復・点検を行っており、大規模な修理は何回か行われてきたからのようです。
我が家に使われている建材はヒノキかどうか分かりませんが、すべての柱には鉄心が入っているので、
雪や地震にも強い
と建築会社(丸高ハウス)が宣伝していました。建築費用も安く予算内に収める事ができました。
さて、妻ですが、子供の頃から結婚前までの25年間は、平屋の社宅で生活してきたので、二階建てには慣れていなかったようです。
我が家が北区から西区に転居したときからは、父母は一階、私たち家族は二階で生活する事になります。掃除、洗濯や来客の応対は、どうしても妻が主ですので、階段の上り下がりは相当堪えたと思います。
そしてある夜、妻が入浴のため、一階に降りようとして階段を踏み外し「ダダダダダダ」と落ちてしまいました。その時も今回と同様に、下から十段目位からのようですが、当時はまだ二十代で若かったので、脳神経外科や整形外科のお世話にならずに済みました。
それから約五十年後の今回の階段落ちは、妻にとっては大変な事だったと思います。実は妻の階段落ちは、三十七年前の3月、私の父の葬儀の時にもやりました。それは、葬儀場に向かうとき、今度は自宅の外階段で雪で滑って足を踏み外し転倒してしまったのです。
コンクリート製の外階段ですので心配しましたが、弔問客が大勢いたせいか、妻は直ぐに立ち上がり、何ともないような素振りで葬儀場に向かう事になったのですが、おそらくコンクリートの上ですので相当痛かったと思います。
そして今回の階段落ちから10日経ち、現在は足の捻挫はほぼ完治して、両肩と首の捻挫は多少の痛みが残っているようですが、湿布薬は必要ないくらいになりました。私は大事に至らずに収まって、ホッとしているところです。
妻の階段落ちを防止する最適な方法は、二階に行かない、もしくは二階に住まない事ですが、妻は一階には住みたくないと言うのです。
それは、私の父母の仏間があるのが大きな理由です。
右折禁止の標識
私がクルマの免許(普通免許)を取ったのは1972年、二十五歳の時です。
当時の自動車学校等にかかる経費は約53,000円(基本50,000円+補講二回3,000円)でしたが、妻が1990年に普通免許取得に掛かった経費が約40万円、娘が2000年頃、普通免許取得に掛かった経費が約30万円で、若いほど安く普通免許の取得をしやすいようです。
しかし、妻も娘も現在はペーパードライバーになってしまいました。その理由は、クルマを運転するのが怖いからのようです。
私はどこに行くにも腰が痛くて長い距離を歩けないため、どうしてもクルマを利用することになりますが、それも現在は、月一回~二回の通院にしか使わなくなりました。通院の帰りに最寄りのスーパー等で買い物をすることが、主にマイカー利用の目的になっています。
私が免許取り立ての二十代の頃は、運転する事とクルマをいじる事が大変楽しくて、趣味の一つになっておりました。
また同僚や学生、院生を乗せる事も多く、免許取り立ての私のクルマには、彼らは何のためらいもなく乗ってきました。ある時は、院生に頼まれて、九州から来られた院生の恩師を乗せて、札幌市内観光案内をした事もあります。
さて、始末書の件ですが、免許取り立てのある日、同僚を三人乗せて、石狩街道から札幌駅前通に入るため右折(札幌市北5東1付近)したところ、どこからともなく警察官が出現し「
ここは右折禁止です。クルマを降りてきてください
」と言われたので、同僚を乗せたままクルマを駐車して交番に入りました。
この時は、同僚と雑談しながら運転したせいか、あるいは青信号に気を取られたせいか分かりませんが、本当に標識の見落としで、まさか右折禁止とは、うかつでした。私は信号が青だから右折したと言っても、そんな言い訳は通るわけがないので、ここは警察官の説教を大人しく黙って聞くしかありません。この警察官は、年齢的には五十代で定年間近のように見えました。
職業を問われたので「北海道大学の文部技官です」と答えたところ、その
警察官は、文部技官
の「
官
」という私の官職名に親近感を感じたらしく「
警察官みたいだね
」と言いながら始末書を書くだけにしてくれたようです。
始末書と言っても、文章は予め書かれていて、私は署名捺印をするだけです。
その時、印鑑は持ち合わせていなかったので、始末書は拇印で済みました。
違反は故意ではなく、
知らなかったで済まされた
のかも知れません。
現在の札幌市中央区北5東1付近 (出典)日テレニュース
免許を取ってから一年目くらいの頃、帰宅途中、札幌新道から脇道(北34西6付近)に入るため右折したところ、突然、どこからともなく警察官が出現し「
ここは右折禁止だ
」と怒鳴られてしまいました。その警察官は警察学校を出たばかりのようで若く、小柄な割には声だけは大きかったという印象でした。
とにかく大声でアーダノコーダノと説教が始まり、今回も勤務先を聞かれたので「
北海道大学です
」と答えると、若い警察官は大声で「
国家公務員じゃないか
」と、国家公務員に何か恨みでもあるかのように怒鳴り、小柄なせいか、まだ舗装されていない道路の少し高くなっている場所に移動して、また大声で説教を始めたのです。
そして数分でその説教も終わり「
始末書を書いてください
」というので、私は署名をして拇印を押してそれで済みました。
後から思えば、あの道はいつも通っている道で、いつの間にか何の前触れもなく右折禁止の標識が立ち、今回も故意ではなく本当に標識の見落としで、その結果、若い警察官を怒らせる結果になり、私も非常に不快な思いをしてしまいました。
ところが、数日後、同じ道を通ると、あの右折禁止の標識がないのです。
なんだかキツネに摘ままれたような気分になり、いまでも不思議に思うと同時に、あの大声で小柄な警察官を懐かしく思うのです。
現在の札幌市北区北34条西6付近(グーグルMapストリートビュー)
長女が生まれた年の冬。勤務先から帰宅すると、自宅の駐車場が隣接する家の屋根からの落雪のため、クルマが駐車できない状態でした。私は仕方なく、その日は路上駐車することになります。
ところが翌朝の午前8時頃、出勤のためクルマを止めた場所に行くと、何と赤切符(保管場所法違反)が貼られていたのです。車庫法違反には反則金の規定がなく、違反が認められた場合には刑事責任を問われてしまいます。
私は所轄の警察署で事情を話したところ、対応した警察官は、路上駐車の原因は、
”隣接する家の屋根からの落雪である”
ことを認めながらも、残念ながら私の訴えを認めず、略式手続きのため裁判所行きになります。
数日後、裁判所に行くと、机も椅子もない大部屋に十人以上の人たちがいて、赤切符を切られたのは、私の他にも結構いるんだなーと一応安心。30分くらい待たされたでしょうか、呼び出されて部屋に入ると中は広く、十人くらい略式手続きを受けている人がいて、検事だか判事だか分かりませんが、私も椅子に腰掛けると調書を読み始めたのです。
ところが、検事だか判事だか分からない高齢の職員が「
21時(午後9時)から午前8時までの12時間
」と読む途中、言葉が詰まり、
何回も指を折りながら計算
するのです。私は、
午後9時から午前8時までなら11時間
に決まっているじゃないか、指は両手で10本しかないので足りないのかな等と思いましたが、職員が指を折って勘定する仕草が面白いので、次は何を始めるのか興味深く眺めていたら、今度は事務室に戻っていったのです。
そして10分後くらいに戻ってきたその調書を見ると、なんと砂消しで
21時(午後9時)から午前9時までの12時間
に修正してきたのです。
そもそも
午前9時
には、私は既に研究室で勤務に就いている時間で、いい加減なもんだなと思った次第です。こんな事で争っても時間の無駄ですので、懐かしい思い出として残しておく事にします。
砂消し修正
についてですが、重要書類の修正に砂消しを使用したら、修正前の文字や修正者が分からなくなり、そもそも何故、裁判所に砂消しがあるのか疑問を感じました。もし砂消しで、調書などの書類を修正することが日常茶飯事だとしたら、赤切符や駐車時間云々よりも、私としては、この方を問題にしたいですね。
結局私は、略式命令・罰金7,000円を払って帰宅しました。
このことも、北区から西区に転居する切っ掛けになりました。
新築当時の自宅(1977年6月)現在は三角屋根がスノーダクト。
東面の壁の色は青から赤にリフォームしております。(札幌市西区)
私の家族が西区に転居した年、山岳サークル(北工会秀岳会)が主体となり、利尻山に登山をする事になります。
参加者は合計八人で、私のグループには同じ研究室の院生三人と私の計四人、別のグループには私の同僚とその学科の院生四人で、クルマ二台に分乗して稚内に向かいました。
留萌を過ぎたところからの
オロロンライン
は、北海道の壮大な海を間近に感じられ、青く広がる日本海や、季節ごとに表情を変える風景が続き、絶景スポットが点在しています。またスピードも出しやすいため、
ねずみ取り
に注意をしながら、ハンドルを握りました。
ちょうど、現地のトラックが前を走っていたので、その後をついて行けば、スピード違反で捕まる事がないだろうと思いながら慎重運転に徹する事になります。ところが、天塩町あたりで、いつの間にかトラックは姿を消し、左前方に珍しいフォルクスワーゲンのワゴン車が見えたその途端、赤旗を持った警察官に停止させられてしまったのです。
警察官は「
20キロオーバーです
」と言いますが、私たち四人は「
慎重運転に徹してきました、そんなにスピードは出ていないはず
」と反論。
また、前を走っていたトラックの話しなど、このやりとりを30分以上続けていたら、レーダー設置車(フォルクスワーゲンのワゴン車)から何回も催促の連絡があったため、このままでは公務執行妨害にされてしまうかも知れないと判断し、仕方なく青切符を受け入れる事になります。
ちなみに、測定していた警察官の一人は以前、北大前の交番に勤務していたらしく、スピード違反に捕まらないテクニックも教えてくれたのです。
それは「
速度は平均値で測定されるので、レーダーを発見したら急ブレーキをかければ良い
」というのです。まあ、そのレーダーが発見できなければどうにもならない事なので、法定速度で走る事が大原則です。
大学院生の一人は「
連帯責任ですので、罰金(反則金)は割り勘にしよう
」と強く主張するのです。私は
連帯責任ではなく運転手の責任
だから断りましたが、その院生は頑固でしたので割り勘を受け入れる事になります。
そして、稚内の郵便局で反則金10,000円を収めて、利尻島に渡りました。
これも懐かしい思い出になりました。
しかし、連帯責任を主張した大学院生は、これから3週間後に、この世界から姿を消す事になります。
おわり
2025/10/28 石川栄一
他界した大学院生の墓前にて(石巻市)1985年(7月)
イメージ(以下同)
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